秋になると目にする日本酒「ひやおろし」とは?

冬の「しぼりたて」や春の「春酒」など、日本酒には、その季節ならではの味わいを楽しめる限定酒があります。その中のひとつが、秋の「ひやおろし」です。

だんだんと秋の訪れを感じ始める9月ごろになると、酒販店や飲食店で「ひやおろし」と書かれた日本酒を目にする機会が多くなります。

本記事では、この「ひやおろし」を掘り下げ、意味や味わいの特徴、「秋あがり」との違いなどについて解説します。

秋になると目にする日本酒「ひやおろし」とは?

「ひやおろし」とは、どんなお酒?

「ひやおろし」とは、春に搾ったお酒を貯蔵し、ひと夏を越して、秋ごろまで熟成させてから出荷するお酒のことです。

その由来は、「冷や」の状態で「卸す」ことからだと言われています。秋が近づき、出荷の頃合いになると、外の気温と貯蔵庫の温度はおおよそ同じくらい。「冷や」と聞くと、冷たい状態をイメージしてしまいますが、「冷や」は日本酒の温度帯で「常温」を指す言葉のため、「ひやおろし=冷や卸し(冷やのまま店に卸すこと)」と呼ばれるようになりました。

また、「火入れ」と呼ばれる加熱殺菌の回数にもポイントがあります。一般的に、日本酒は貯蔵前と出荷前の2回のタイミングで火入れを行いますが、ひやおろしが火入れを行うのは貯蔵前の1回のみ。

そのため、日本酒には火入れの回数やタイミングによって、火入れをしない「生酒」、出荷前に1回のみ火入れを行う「生貯蔵酒」、貯蔵前に1回のみ火入れを行う「生詰め酒」という呼び名がありますが、ひやおろしは「生詰め酒」にあたります。

「ひやおろし」と「秋あがり」の違い

ひやおろしと似た意味の言葉に「秋あがり」というものがあります。

このふたつの言葉に明確な定義はありませんが、一般的には、「秋あがり」は春に搾ったお酒が夏の間に熟成され、秋に「仕上がった」状態になることを指します。反対に、秋にお酒の品質が落ちてしまった場合は「秋落ち」と呼ばれることもあります。

明確な定義がないからこそ、どちらの言葉を使うのかは酒蔵の判断に委ねられますが、「ひやおろし」は貯蔵前に1回のみ火入れを行うお酒を指す場合が多いことから、火入れを2回行うお酒に「秋あがり」とつけることが多いようです。

「ひやおろし」の味わいの特徴

ひと夏を経て、ほどよく熟成が進んだひやおろしは、搾りたて特有の荒々しさが落ち着き、角の取れたまろやかな味わいになります。秋が深まるとともに、だんだんと旨みとまろやかさを増していくのが、ひやおろしの大きな魅力です。

また、ひやおろしは早い酒蔵だと8月下旬ごろから出荷が始まりますが、その出荷時期によっても味わいに変化が見られます。まだ夏の暑さが残る9月ごろの出荷では、穏やかな旨みが楽しめる一方で、秋が深まる10〜11月ごろになると、より旨みを増して、濃醇で深い味わいを楽しむことができます。

秋から冬へ。季節の移ろいによって、味わいの変化を楽しむことができるのも、ひやおろしの大きな魅力のひとつです。

「ひやおろし」と合う料理

「食欲の秋」と言われるほど、さまざまな食材が旬を迎える秋。そんな秋の食材と、丸みを帯びた旨みとまろやかさを持ったひやおろしの相性はぴったりです。

例えば、秋の代名詞とも言えるさんまやきのこ類はもちろん、秋なすなど、深い旨みのある食材を使った料理とは良く合います。そのほか、一般的な食材でも、コクのあるチーズやクリームを用いた料理は、ひやおろしの奥深い味わいを引き立たせてくれます。

秋ならではのひやおろしと、秋の旬の食材を楽しむ。ペアリングとしての相性の良さに加えて、より季節を感じさせる旬の組み合わせは、ひと味違う満足感を与えてくれるでしょう。

「ひやおろし」は燗酒がおすすめ

日本酒の旨みを存分に楽しむことができるひやおろし。その飲み方に正解はありませんが、ひやおろしならではの旨みをさらに引き立たせるため、湯煎や電子レンジで温めて「燗酒」として楽しむのがおすすめです。

日本酒に含まれる旨味成分には、温度が高いほうが、より旨みを感じやすいものがあります。ぬる燗(40℃)〜熱燗(50℃)ほどにお酒を温めると、ひやおろしの旨みを存分に感じられるはずです。

また、ひやおろしが市場に出回るのは、だんだんと寒さを感じ始める季節。燗酒として楽しむことで、じんわりと体の内側から温まり、リラックスしたひと時を過ごすことができます。

もちろん、冷酒や常温でも

ひやおろしは、冷酒や常温でもおいしく味わうことができます。

すっきりとした口あたりを楽しみたい方は、温めるよりも、常温あるいは冷やして味わうほうがいいでしょう。そのほか、フルーティーな味わいが際立ったひやおろしは、温度が低いほうが本来の味わいを感じやすいため、冷酒として楽しむのがおすすめです。

日本酒は、同じ銘柄でも、温度によって異なる味わいを楽しむことができるお酒です。一本のひやおろしを、常温から燗酒まで、さまざまな温度で味わってみるのも面白いかもしれません。

秋の訪れを告げる「ひやおろし」

角の取れた、まろやかな味わいが特徴のひやおろし。その落ち着いた味わいは、厳しい暑さが和らいだ秋の雰囲気にぴったりと寄り添い、季節の移ろいを感じさせてくれるはずです。

ぜひ、ひやおろしを飲んで、秋に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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白澤 慶

「創作バル&お結びさんどanna」のオーナー。「Lounge Kiyora」のオーナーでもある。